2026年9月24日
晴れ 30℃ / 22℃
6:30起床。
憂鬱な心の動きは、自己評価が低いところから始まる。
今『いやな気分よ、さようなら』を図書館で借りて読み始めている。
憂鬱な心の動きは、自己評価が低いところから始まる
大事そうなので、メモに書き写す。自己評価とは知性や業績、人気、魅力、健康を指している。憂鬱な気持ちになると、それらを正しく認識できない状態になる。自分が持ち合わせていないという、勝手な思い込みが強まる。
定期薬の精神薬が少なくなってきたので、病院を受診する。精神科は基本的に朝一で診察券を入れないと、2時間以上平気で待つことになる。受付は8時から始まるのだが、僕が病院に着いたのは9時前。連休明けもあり、すでに待合室は満席状態だった。今日はかなり待つだろう。病院の受診待ちのために、半日も潰したくない気分だったので、診察はせず薬だけの処方に切り替えてもらった。受付の方も、医師も忙しく対応をしていた。
薬を薬局で受け取ったあと、毛糸を買いにABCクラフトに行く。店内では手芸ができるスペースがあり、おばさま数人の楽しそうな声が聞こえる。恐らく、編み物をしていたんじゃないかな。
ABCクラフトの一つ上の階には、ハローワークがあって知り合いが勤めている。久々に顔でも見たかったので、ハローワークへ行く。あいにく、知り合いのTさんを見つけることはできなかった。あとで聞いたら今日はバックヤードで勤務していたらしい。ハローワークも人が沢山いた。受付の各ブースでは、職員さんは手続きや求職紹介の対応をしているので、よそ見をしている人はいない。平日だから皆んな働いている。
ついでなので、ハローワークの検索機で今の求人情報を調べる。検索には職種はパート、就業場所を枚方、年齢を40歳と入力をする。表示されたのは介護スタッフ、倉庫、ドラッグストアの販売員、清掃、看護師、縫製に関する求人が多かった。求人検索は、まるでインスタやXのタイムラインみたいに、スクロールを延々と繰り返してしまう。別に見ていて楽しいわけではないのだけど、「次のページを開けば、きっと自分に合う素敵な求人があるのではないか」という期待感だけがある。そう思った瞬間に仕事を探すをやめた。見れば見るほど、「自分は働いていないんだな」、「これじゃいけないんじゃないか」という気持ちになってくるから。
昼食は市役所前の定食屋「もりもり亭」で食べることにする。お店がオープンするまでの間、店先のベンチに座ってドストエフスキーの『白痴』を読んで過ごす。お店に行く道中市役所の横を通ると、作業服を着た人たちが働いていた。大きな照明がついた長ーい電線コードの取り付けをしていた。週末お祭りがあるのでその準備なのだと思う。スーツ姿や作業着姿の人たちが通り過ぎると、平日の昼間に定食屋のオープンを待つことの異常さを実感してしまう。
自分が正社員や自営業でバリバリとフルタイムで働いていたとしたら、この状況を異常だとは考えないだろう。働いていないって、社会からはみ出している感じが僕はとてもする。だから、休職中や失業中はとにかく焦りを感じていた。朝の散歩で通学中の小学生に会うだけで、とても居心地が悪かったのを覚えている。働くってその不安を払拭してくれるというか、最低限社会に関われていると安心させてくれる一つの理由になっているのかも。それはいい意味でとは、今は思わない。うまく表現できない。
なぜ、働いていないとこんなにも申し訳ない気持ちになってしまうのだろう。誰かに迷惑をかけているわけではないのに。
結局焦りから、スマホにシェアフルやタイミーなどのスポットバイトのアプリをインストールしてみた。しかし、未経験でもできるアルバイトや近隣での求人ってなかなか見つからないので、よけいにモヤモヤが蓄積されてしまった。